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宮城県(みやぎけん)は、日本の県の1つで、東北地方に属する。東は太平洋に面し、西は奥羽山脈に接する。
県庁所在地は仙台市。また、全体的にも自然が多い。


宮城
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地方

東北地方

団体コード 04000-2
ISO 3166-2:JP JP-04
面積 7,285.75km2
※境界未定部分あり
総人口 2,337,358
(推計人口、2010年7月1日)
人口密度 321人/km2
隣接都道府県 山形県、福島県、岩手県、秋田県
県の木 ケヤキ
県の花 ミヤギノハギ
県の鳥 ガン
県民の歌 輝く郷土
県庁所在地 〒980-8570
宮城県仙台市青葉区本町3丁目8番1号

県の太平洋沿岸部から奥羽山脈のふもとにかけて広大な平野部を持ち、ササニシキ、ひとめぼれなどの稲作中心の農業が行われており、米所として有名である。また、世界三大漁場の三陸沖漁場に近いため、県内には気仙沼漁港、石巻漁港、塩釜漁港の3つの特定第3種漁港を初めとする142の漁港があり、全国屈指の水揚げ量を誇る。1県に複数の特定第3種漁港を持つ県は、日本国内において宮城県が唯一である。カツオ、サンマ、マグロの他、カキ、ふかひれ、ホヤなどの特産の水産物を持つ。その他、高級和牛牛肉の仙台牛、イチゴやナシなどの果物、伝統野菜に山菜など、豊富な食材を多く産出している点から、県は「食材王国みやぎ」を宣伝句に掲げている。

歴史的には、現在の宮城県の領域は古墳時代からヤマト王権の影響下にあり、雷神山古墳や陸奥国府と推定される官衙(郡山遺跡)が名取郡に置かれ、後に宮城郡に多賀城(陸奥国府・鎮守府)や陸奥国分寺、陸奥国分尼寺が置かれた。室町時代になると、奥州管領となった大崎地方の大崎氏を中心に東北地方の支配体制が構築された。17世紀に伊達政宗が大崎地方の岩出山城から宮城郡に移り、仙台城を築いて城下町を開いた。戊辰戦争の敗戦で、明治政府直轄領となった石巻県が国の東北地方を統轄する拠点とされたが、間も無く廃藩置県で仙台藩が仙台県となると、仙台に東北地方を統轄する国の出先機関などが置かれるようになった。仙台県は、約半年後に城下町が所在する宮城郡の名をとって宮城県と改称された。

参議院一人区では政令指定都市がある唯一の県であった(現在は岡山県がある。)。

 


歴史

[古代]
現在の宮城県の地には、古墳時代からヤマト王権の影響力が及んでおり、東北地方最大の雷神山古墳(名取市)などの前方後円墳が造られていた。古墳時代後期には、厚葬禁止の令に従い、横穴式古墳も多く造られた。

大化元(645)年8月、改新政府は「東国国司」8組を、今後の政治改革遂行のために人口と田地面積の調査、武器の収公などの任務を与え、現在の中部・関東から東北地方南部に臨時的に派遣した。孝徳朝(645〜654)の後半に第2次使者が派遣されて国造制が評制へ転換され、評の上に国が設けられ、国司の前身である国宰が派遣された。この時期に道奥国(みちのおくくに)が設けられた。その領域は、国造制が施行されていた宮城県南端と福島県で、最初に置かれた評は曰理(わたり)・伊具(いぐ)・宇多(うだ)・行方(なめかた)・標葉(しめは)・信夫(しのぶ)・安積(あさか)・岩背(盤P;いわせ)・白河・会津の10評。菊多(きくた)・安達(あだち)・耶麻(やま)郡は後に分置された郡で、石城(磐城)評ははじめ常陸国の管轄であった。この10評のうち行方・会津評を除く8評が国造のクニであって、行方評は分割・新置された評。曰理・伊具評が宮城県南端、宇多評以下が福島県域である。道奥国の表記は、後に陸奥国(みちのおくくに)と改められた。その意味は、朝廷の支配地域の最末端の国ということであろう。こうして道奥国の設置によって、それより以北の宮城県の大部分は蝦夷の居住地と認識された。朝廷は国評制を施行した後、7世紀半ばから後半にかけて蝦夷の地へ支配拡大の政策を展開していった。

最初の陸奥国府と推定される官衙(郡山遺跡)は、現在の仙台市太白区郡山(旧名取郡)に設置された。724年には、多賀城(旧宮城郡)が設置され、現在の宮城県中南部は奥六郡(日高見国)と対峙する軍事・政治の拠点化が進んだ。又、陸奥国分寺・国分尼寺が、現在の仙台市若林区木下周辺(旧宮城郡)に設置された。後に多賀城は、現在の仙台市宮城野区岩切(旧宮城郡)に移転したと考えられている(遺構は発見されていない)。

奈良時代末期から平安時代初期、仙台平野北部・三陸沿岸の蝦夷がたびたび大和朝廷の拠点を襲撃し、38年戦争が勃発した。伊治(コレハル、栗原?)を拠点とするアザマロは当初大和朝廷側に帰属し多賀城に出仕していたが、蝦夷への差別に怒って反乱を起こし多賀城を滅ぼした。これをきっかけに胆沢のアテルイ・モレによる抵抗戦争がおこった。11世紀半ば北上平野の俘囚の奥州安倍氏が仙台平野に影響力を拡大し、多賀城の国司と対立した。安倍氏討伐の命をうけた源頼義が下向しても仙台平野の郡司らは中立を守り、苦戦した朝廷軍は仙北の俘囚主清原氏の参戦でようやく安倍氏を滅ぼすことが出来た。その後12世紀、奥州藤原氏の時代になると、奥州の軍事警察権が平泉にうつり、仙台平野は中央勢力の荘園と在地勢力の自治が混在するようになった。奥州藤原氏の行政権の程度については諸説がある。

[中世]
鎌倉時代には、奥州藤原氏征伐の恩賞により、葛西氏などの関東地方の有力氏族や武士たちが守護・地頭として現在の宮城県域に多く入植した。室町時代に入ると、南北朝の争いが起こったが、足利一族の斯波氏が奥州探題を称して多賀城に入ると、争いは次第に沈静化していった。

斯波氏の傍流である大崎氏が奥州管領職に着くと、大崎氏が東北地方(奥羽両国)の盟主となった。1392年に奥羽両国が鎌倉府直轄支配下に置かれ、大崎氏の奥州管領権は大きく制約を受けた。1400年に大崎氏が奥州探題となると、再び大崎氏は東北地方の盟主の座に上り、以後、戦国時代に到るまで、東北地方は室町幕府→奥州探題・大崎氏を中心とした支配体制になる。

[ 戦国時代から江戸時代まで]
戦国時代になると、南東北の奥羽山脈西側に連なる盆地群に拠点を置く武将たちの勢力が強くなり、大崎氏の権勢は衰退し、最終的に福島盆地(伊達郡・信夫郡)と米沢盆地(置賜郡)を本拠地とする伊達氏の軍門に下った。安土桃山時代に伊達政宗は東北地方の南半分を支配し、関東進出を目前のもとにした。しかし、結局政宗は豊臣秀吉に服属し、秀吉は日本統一を達成する。政宗は葛西大崎一揆を経て、秀吉により居城を米沢から大崎地方の岩出山に移されたが、ほどなく、千代(せんだい。仙台)に拠点を移した。

伊達政宗は、豊臣氏や徳川氏との緊張関係を考慮して、天然の地形が防御に適した青葉山に居城として仙台城を構えた。1600年に城の縄張りを始め、「千代(せんだい)」を「仙臺(仙台)」に改めて、城下町の建設も開始した。冬季の乾燥や季節風対策として、防火林や防風林、防雪林の植樹を城下町に奨励した。又、四ツ谷用水の開削もあって、仙台は多くの居住者を涵養できるようになり、62万石の仙台藩の藩経済を背景に、仙台城下は奥州一の都会となった。江戸中期には実石高は100万石を超え、港町である石巻は江戸(東京都区部)との交易で栄えた。家老の片倉氏は代々白石城(現宮城県白石市)を居城とし、家臣や一族を一国一城令にもかかわらず「要害」と言う特有の制度化で藩内を治めさせた。要害としては涌谷城、岩出山城、金山城、岩沼城、角田城、丸森城、寺池城、佐沼城、宮沢城、高清水城、不動堂城、川崎城、平沢城、船岡城、亘理城、坂本城、岩ケ崎城、滝野館、石森城、米谷城、武田館、宮崎館、宮崎城、千石城、大窪城、吉岡城、宮床館、村田城などがあった。

伊達氏は源頼朝の奥州征伐で功を立てて伊達郡に封じられた関東武士の末裔で、鎌倉時代から陸奥国伊達郡(現在の福島県伊達市と福島県伊達郡、福島市の一部)を中心に勢力を拡大した。戦国時代〜安土桃山時代に本拠地を伊達郡から置賜郡(米沢)、岩出山、仙台と家臣団や寺社、職人集団を引き連れて移動したため、現在仙台に残る寺社や旧家、職人の家系には、伊達郡をルーツとする系図あるいは伝承の残る家柄が少なくない。

伊達氏は代々「陸奥守」を称し、東北の雄藩となった。1868年の戊辰戦争の際に奥羽越列藩同盟の盟主となったが、薩長軍に敗れて石高を28万石にまで減らされた。すると、秩禄が減って困窮した家臣団は、蝦夷地(北海道)に大量に移住した。この中の亘理伊達氏が北海道伊達市の由来である。

なお、平成18年の伊達郡5町合併によって、伊達氏の先祖の地福島県伊達市と伊達氏の末裔の地北海道伊達市の、2つの伊達市が存在することとなった。
[近現代]
明治政府が誕生すると、日本は中央集権体制の下に組み込まれたが、東北地方支配の政治的拠点とされた仙台市を中心に発展が始まった。仙台には、富国強兵政策によって陸軍が置かれ、また東北帝国大学を初めとした高等教育機関が設立された。一方で、仙台湾の大半が砂浜で臨海工業の適地がなかったため、殖産興業時代から高度経済成長に至るまで、宮城県では第二次産業が発展しなかった。ただし、石巻湾に石巻工業港、仙台湾に仙台港(いずれも掘り込み式)が造られ、工業集積はある程度進んだ。

高度経済成長期頃から、第二次産業から第三次産業への転換が進むと、東北自動車道や仙台バイパスの建設、および広大な流通団地の建設によって、仙台は東北地方の卸売り商業の中心地、そして支店経済都市として人口が激増し、その他の県内拠点都市も発展した。その後、東北新幹線の開業やモータリゼーション、仙台市の政令指定都市化、バブル景気の影響から、仙台市とその周辺が特に発展して「仙台都市圏」の一極集中が進んだ。

 


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